インデックス まえがき あらすじ


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 少女は、すらりと伸びた足を半歩前に出し、地面を踏みしめた。顔を振り上げ、せいいっぱいの声で挑みかかる。
「この世界は……平和を愛する皆のものです!」
 彼女が身にまとうのは、フリルと淡い水色のラインに縁取られた、真っ白なコスチューム。手の甲に青く輝く石を戴いたミテーヌは肘までを包み、控えめなパフスリーブとの間にわずかに腕の素肌をのぞかせている。広めにあいた首筋の下で体にぴったりとフィットした胴衣は彼女のくびれたウエストの線をあらわにしている。腰から下には花びらのような裾を持つ丈の短いスカートが、パニエに支えられて豊かに広がっている。
 大きなリボンがあしらわれた胸にあてがう手が、震えていた。
 青い石を使った髪飾りで留められた長い髪が、風に吹かれて細い肩を流れた。
 腰にまで届きそうな彼女の黒髪は、毛先がペンギンのしっぽのようにピン、と跳ね上がっている。
「――」
 彼女は食い入るように中空の一点を見つめている。
 視線の先には、黒々とたれ込めた雲を背景に、工事中のビルがそびえ立っていた。その中ほど、むき出しになっている鉄骨の上には、彼女と同じくらいの年格好の少女が立ちはだかっていた。学校の制服のようなえんじ色のブレザーとミニスカートの上に軽装鎧を着け、三つ編みにされた輝くばかりの長い銀髪と肩のマントを風になびかせて、満面には不敵な笑みを浮かべている。
 眼鏡の下で両端をつり上げた口元が、ゆっくりと開いた。
「そんなの、私には何も関係ありませんわ。私が興味あるのは、この世のすべてをハンティングしてクッキングしちゃう事だけですから」
「自分の都合を勝手に押しつけて、皆を苦しめるなんていけない事です」
 眼下にいる相手の必死の訴えも、彼女の高慢な態度を崩すものではない。彼女は手にしたサーベルを斜め下に突き出し、少女を威圧した。
「いけない事? だとしたらどうなさるんですの、ビアンカ姉様? ……いいえ、ギュア・ビアンカ!」
 ビアンカと呼ばれた少女は右足を後ろに引き、身構えた。誠実な口調で言う。
「ねえ、メアリさん、私の話を聞いて欲しいのです」
「聞く耳持ちません!」
 メアリはマントをあおって手を横へ振り払った。その先から何か小さい人形のようなものが放たれ、彼女の足の下の地上へと落下していく。
「出でよ!」
 叫びと同時に、ビルのそばの地面が轟音を上げ盛り上がり、落ちてきた人形を飲み込んだ。亀裂が入り、何か巨大なものが噴出した。
 黒い艶のある柱が天に伸び始める。次いで何本もの銀色の金属棒が下に続き放射状に広がった。緩やかな弧を描いた後、金属棒は地面の上の一点に集中して形を作る。その姿は地面から頭の上まで、ビルの高さに匹敵するほど大きな、泡立て器であった。
 この物体の異様さを強調しているのは、大きさだけではない。柄の中程から灰色の腕が、左右に伸び気味悪くうねうねと動いている。腕の付け根のやや上にはぎょろりとした目玉が二個付いていて、あちこち見渡した後、ビアンカに焦点を合わせた。
 メアリは巨大泡立て器に向かって腕を差し伸ばし、号令を下した。
「さあ、クッキングの時間よ。やっておしまいなさい、ヨワイナー!」
「ヨワイナァー!」
 泡立て器は体を揺すり上げ、耳をつんざくほどの大音量で自分の名前を吠えた。
 バックスイングで勢いをつけた腕が、鞭のようにしなる。ビアンカめがけてまっすぐに叩きつけられた。
「くうぅっ」
 ビアンカはすんでの所でジャンプした。並外れた跳躍力で中空に達する。足下を見ると、先程まで自分がいた地面は無惨にも深くえぐり取られ、周囲の建築資材はめちゃめちゃに壊されていた。
 恐怖の色を顔に浮かべながらも、ビアンカは巨大な相手をきっとにらみつけた。
「はっ!」
 彼女は腕を引き締めて足を突き出す。剣のように体をとがらせ、落下の勢いを駆って、まだ地面に横たわっているヨワイナーの腕にキックを決めた。
「?」
 確かに感触はあった。しかし相手の腕はびくともしていない。それどころか大きくうねってビアンカの体を弾き飛ばした。
「うっ」
 ビアンカは、後を追ってくる腕に自分の足を乗せて斜め方向に強く蹴った。横様へ飛び退く。宙返りを打って着地するが、休む間もなく足を蹴り出し、相手の側面からボディへ飛び込む。
「やあぁっ!」
 今度は脇からえぐり込むようにして突き出した拳を相手の金属製の胴体に命中させた。すかさずもう一方の拳も繰り出し、同じ場所を連打する。
「……ヨワイナー!」
 が、目の前に集中しすぎたのが失敗だった。不意に横合いから現れた太い腕が、ビアンカの体をなぎ払う。
 防ぎきれずさらわれた彼女の体はそのままビルの方へと転がっていく。が、壁面に激突するぎりぎりのところで足を踏ん張る。もうもうと砂煙をあげて地上を滑りながらも、何とか持ち直した。
「……!」
 強い風に砂塵が押し流される頃、ビアンカの姿が地上にすっくと立ち上がるのが見えた。引き締まった目には決意の表情が浮かんでいる。
 彼女は右手を真正面にかざした。巨大な相手を前に、高らかに叫ぶ。
「ペンギュア――」
 同時に彼女の周りで光の帯が立ち上る。やがて手のひらの中心に向かって、光が凝縮し始めた。続いて腕を引き、光を包むように手のひらに収める。
「――ルミナ・ビアンカ!」
 声とともに打ち出された手の中から光がほとばしり出る。
「うっ!」
 視力を奪うほどの光に、メアリはひるんだ。とっさにマントで前身を覆い防護の態勢に入る。
 ……しかし。真剣な顔つきだったビアンカは、目の前の出来事にぽかんとしてしまった。
「は……れ?」
 解き放たれた光はみるみる収縮し、五十センチも飛ばずにぽろりと地面へ落ちた。まるで失敗した線香花火のように軽い音を立てて消えてしまう。
 ビアンカとメアリの間に、何とも言えない寒い間合いが通り過ぎた。
「お、脅かさないでくれません?!」
 マントを振り払ってそう言うメアリの声は、たいそううわずっていた。腰もかなり引けている。
 ビアンカの方は思わず、技を放った方の手首を反対の手でつかんでいた。
「そんなっ。弱いです、最弱ですぅ!」
 彼女は、自分の腰の辺りを振り返ってきっとにらみつける。
「全然じゃないですかっ! せっかくの大技が『ぽろっ』てイっちゃったですよ、『ぽろっ』て」
 どうやら腰にさげたポシェットに向かって話しかけているようである。
「何とかしてください、メィプル!」
 やおらポシェットがもぞもぞと動き出す。ふたが開いて中から携帯電話のようなものが顔を見せた。さらにフラップが持ち上がる。
「そんな事言われても無理メプ」
 そこには小さなぬいぐるみの顔が見えていた。頭の輪郭は、かえでの葉のようにギザギザしている。メィプルと呼ばれたそのぬいぐるみは言う。
「ペンギュアが一人しかいない以上、妖精の力はずっと小さくなるメプ」
「そんなあ。一人なのは私のせいじゃないですよぉ」
 言い合うビアンカとメィプルを眼下にし、余裕を取り戻したメアリが声を響かせた。
「何をごちゃごちゃと身内で話してるんです? のんびりしている余裕などありませんわよ!」
「ヨワイナー!」
 上体を反り返らせた反動で、ヨワイナーが両腕を突き込んでくる。ビアンカは瞬時に二回、三回と飛び跳ねて後退した。
 ビアンカの腰で揺れるメィプルが言う。
「こんな所でだだをこねていてもナイトベアの侵略は止まらないメプ」
「でもぉ」
「ヨワイナー!」
 そうしている間にも敵は次々と攻撃を打ち込んでくる。ビアンカはジャンプや回転、転回を駆使していなすが、反撃どころか自分の体勢を立て直すのも困難だった。
「もっとちゃんと戦うメプ! せっかく『海の妖精の巫女』様に頼んで、一人でも変身できるようにしてもらったメプよ」
「そんなのいらないです、二人がいいです!」
「ヨワイナッ!」
 思わず立ち止まって叫んだ瞬間、ビアンカの頬の脇を敵の腕がかすめていった。
「――ひっ!」
 彼女の背後でコンクリートブロックが派手に砕け散るのと同時に、ビアンカのこめかみの辺りで髪が二、三本、はらりと舞い落ちた。
「ヨォワイナー!」
 勝ち誇った声を上げて、敵はビアンカの真上からまっすぐに腕を打ち下ろす。
 地面で爆風が湧き上がり、あまたの土くれが吹き飛んだ。
「ハンティング成功っ!」
 メアリが嬉々として小躍りする。
「ヨワイ……」
 同じくヨワイナーも、満足げに肩を揺らす。
「ナ?」
 が、途中で怪訝そうに伸び上がり、自分の腕の具合を眺め始めた。
 風が収まり、視界が晴れた時、そこにビアンカは立っていた。真上から降ってきたヨワイナーの腕を交差させた両手でまともに受けながらも、両足に力を込めて彼女は持ちこたえていた。
「……ビアンカ姉様!」
「ヨワイナ!」
 一様に驚きを隠せない相手に向かって、ビアンカは怒りで声を震わせる。
「んもう、さっきから……」
 両手をわずかずつ押し上げ、足を伸ばす。彼女の体重の何十倍もあろうかというヨワイナーの腕がわずかながら持ち上がる。
「何度も何度も何度も、人の事をぉー」
 手を思い切り横へなぎ払う。相手の腕が脇の地面へ轟音とともに落とされた。同じ勢いで両手を振り上げ、飛びつく。
「『弱い』って言うなですっ、『弱い』って言うなですっ」
 地にめり込んだ腕を、半泣きになりながら両の手のひらでべしべしと繰り返し叩いたあげく――。
「『弱い』って言うなですーっ!」
 最後にはちゃぶ台をひっくり返すように下から上へあおった。
「私だって、好きでこんなひょろひょろした技を使ってるわけじゃないんです!」
 涙の粒を目尻に浮かべ空へ向かって言い放つ。が、ヨワイナーは既に肉眼では見えないほど遠くへ投げ飛ばされていた。
 胸に手を当て荒い息をついていたビアンカは、視線を横へ流した。
「ひいぃっ!」
 ビルの上で立ちすくんでいたメアリは、ビアンカと目が合うのを恐れて上空へジャンプする。
「お、憶えておいてください、ビアンカ姉様」
 ありがちすぎる捨てぜりふを残して、彼女はそのまま上昇し中空へと消えた。
「マリー姉様ぁ!」
 誰かにすがるような彼女の叫びが残響する。
「はあ……はあ」
 メアリの声も消える頃、頭上を覆っていた黒雲は散っていき、嘘のように空が晴れ渡った。同時に、めちゃめちゃに砕かれた建設資材や、無惨に削られたビルの側壁は、音もなく元の姿に戻っていく。
 ビアンカはまだ肩を上下させ、何もしゃべれずにいた。やがて腰の辺りでぽん、と煙が立ち上った。
「お疲れ様メプ。早く変身を解くメプ」
 ビアンカの腰にあった携帯電話は消え、同時に彼女の足下の地面には、先程より少し大きなぬいぐるみの形になったメィプルがいて相手を仰いでいた。
「そうですね。……では」
 ビアンカはおもむろに空を仰ぎ、両手を斜め下へ払って胸を張った。
「ディスマテリアラーイズ!」
 光の泡のようなものが地面から吹き上がって彼女の体を包み、上空へさっと流れていった。光が消えた後、彼女の出で立ちは既に替わっていた。
 チェックのスカートのスリットからのぞくワンポイントの白いフリル生地、そしてセーラーカラーの上着の胸にあしらわれた赤いリボン風のタイという組み合わせは、北極学園中学の制服であった。しかし制服に包まれた体は大人顔負けの見事なプロポーション。また毛先の一部が勢いよく跳ねた長い黒髪は、前髪とこめかみ辺りを切りそろえた段カットで、白い頬とつぶらな瞳を取り囲んでいる。
 相手が元の姿に戻るのを傍観していたメィプルは、小さな額に小さな手を押し当て、不平を漏らす。
「何度言ったらわかるメプ? 元に戻るのにそんな呪文はいらないメプ。っていうか作品的にぎりぎりメプ」
 だがこれには聞き捨てならないとばかりに、ビアンカだった少女は人差し指を顔の前に立てて抗議した。
「あ、今『ぎりぎり』って言ったですね?! それならあなたのその語尾もかなり危ないですよ!」
「これは最初からなんだからいいメプ」
「だったら私だっていいじゃないですか。こっちは一人ではぁはぁ……じゃない、ひーひー言いながら戦っているんです。ちょっとは気分を盛り上げるくらいさせてくださいぃ!」
 このまま言い争っても無意味と悟ったのか、メィプルはふと口をつぐんだ。軽く下を向いて両手を横に広げた。
 ぽん、と湧き上がった煙がメィプルの体を包む。
「……とにかく、お疲れ様でした。さくらお姉様」
 メィプルのいた場所のすぐ後ろで声がした。そこには、一人の少女が立っていた。
 フリルのついた短いスカートは華美になり過ぎておらず、白いシャツの襟元はきちんと結ばれたネクタイで整えられていた。利発そうな顔立ちは、凛としたたたずまいを見せている。十歳には届かない年頃だろうか。外ハネになった髪を二か所で結わえた様は、年相応に似合っている。
「かえで」
 今まで口げんかをしていたはずのさくらだったが、相手の姿を見ると、とたんに柔らかい表情になって名前を呼んだ。
「……」
 かえでは口をつぐんで返事をしない。しかし頬がかすかに染まっているところを見ると、さくらの優しい口調は嫌いではないらしい。
「帰りますわよ、お姉様」
「はぁいです」
 さくらの方が年下のような甘えた声を上げた。彼女は歩き出すかえでの両肩に手を置き身を寄せて一緒に歩く。
「やっぱり『妹設定』はたまりませんです!」
 さくらが、少々下卑た声で笑う。彼女のマニアぶりに、かえではたまらず言い返すのだった。
「せ、『設定』とか言わないでください! ペンギュアが一人では大変だから、こうしていつもそばにいられるよう、私はお姉様の妹として南極家に一緒に住んでいるだけなんですから。それだけなんですからねっ!」
 しかし彼女の鋭い反論もやや説明的であり、さくらにとっては何かのツボを刺激する言い方にしかならなかったようだ。
「えへへ、今のイイです、もう一回言ってくださいー」
「……知りません!」
 かえではついにむくれて横を向いてしまう。
 さくらは、彼女の肩越しに、横顔をのぞき込んだ。また優しい声になっている。
「わかってるですよ、かえで。いつもかえでが私のために一生懸命なのを、私はちゃあんと知ってます。私はいつも感謝してるんです」
 偽りのないまっすぐな言葉が、かえでの頬をさらに赤くする。それだけではない、自分の背中に当たる姉の柔らかい感触が、かえでの胸をときめかせていた。
「私は」
 たどたどしい言葉が、かえでの口からこぼれる。
「別に、いいんですよ。ずっとこのまま……こうしてお姉様のそばにいても」
 言いながら、かえではおそるおそる後ろを振り向く。
「だって――」
 穏やかな笑顔のさくらと、正面から目が合ってしまう。たちまちかえでは先をしゃべれなくなった。
 代わりにさくらが答えた。
「でもずっとかえでに迷惑をかけるわけにはいきませんよ」
 さくらは、少し顔を上げて高い空へ目を移した。
「ナイトベアを相手にするには、もう一人のペンギュアの力が、どうしても必要なんです」
 姉はいつになく真面目な表情になっている。かえではそれを見て、このところ考えていた自分の意見を、思い切って言う事にした。
「あの。私は、ペンギュアだけが答えじゃないと思うんです」
 しかしさくらは、首を横に振って顔を上げる。
「いいえ、私達は、『ふたり』がそろってこそ、本当の力を発揮できるんですから」
 さくらの考えはわかっている。だからかえでは、次のせりふを用意していた。
「何なら私が代わりに――」
 自分の頬が熱くなっているのがわかり、思わず横を向いてしまう。後ろめたさのせいか、声が小さくなってしまっていた。
 そのため、さくらには言葉が聞こえなかったようだ。さくらは、情感たっぷりに自分の意見を続けていた。
「――ああ、いったいどこにいるんでしょう」
 片手を空へ差し上げる。
「私のパートナー、相方、ベター・ハーフ」
 もう片方の手も一緒に斜め上方へ伸ばした。
「……ギュア・ノワール!」
 が、さくらのせりふの中には、言ってはならないキーワードが含まれていたようだ。かえではみるみる醒めた表情になっていく。
「……だから、違うっていつも言ってますでしょう? 『ギュア・ネラ』ですってば。ギュア・ビアンカの……パートナーは」
 最後を口ごもり気味に言うかえでに、さくらは足を踏みならし子供のような声を上げて抵抗する。
「ああん、そんなのカッコよくないですぅ。『ノワール』って響きがいいんじゃないですか! ちなみに『ノアール』じゃなくて『ノワール』ですからねっ」
 かえでは冷ややかな流し目を送る。
「またそんな勝手な事を」
「勝手じゃないです、私は真剣なんですよ!」
 さくらは両手を固く握りしめて自分の胸の前に添えた。目を閉じる。
「……強大なモンスターの前に力尽き、今にもくじけそうになるハート。体はぼろぼろに傷ついて、コスチュームも切り裂かれ泥に汚され……」
 声も出せずにいるかえでの前で、さくらは劇的な自説を切々と唱えた。
「でもそんな時、手を差し伸べてくれるのは、ともに戦うパートナー。容姿も性格も全く違うのに、あぁ『ふたり』は不思議と惹かれ合うぅ」
「よくそこまで妄想できますわね。そうやって自分の希望ばかり押しつけていたら、見つかるものも見つかりませんわよ?!」
「でもおー!」
 かえでは腕組みをしてしかめ面をした。ふくれた頬が、なぜかまた赤く染まっている。
「だ、だいたいさっきは……『妹設定がたまらない』とか、おっしゃってたんじゃありませんか?」
 それを聞いたさくらはにやりと笑って片目を閉じる。
「わかってないですね、かえではぁ。それとこれとは別ですよ。姉妹は姉妹、パートナーはパートナー。私は『別腹』でどっちでもイケるです」
 彼女はウィンクをしながら親指を立てる。
 瞬間、かえではひどく切なそうな顔になった。が、それをさくらに気づかれないよう、ツンとした表情を作って横を向く。
「わがままを言い続けるようでしたら、『説教部屋』行きですからね」
「ひぃっ、そ、それだけは、それだけは勘弁ですぅ」
 恐ろしい言葉を聞いたさくらは、かえでの肩を両手でなでて何とか取り繕おうとする。しかしかえでは何の反応も示さない。
 これはもう、いつもの二人のやりとりだった。
 かえでがさくらと一緒にいるようになってから、ごく普通に繰り返されてきた言葉のやりとり。
 自分がさくらとの新しい関係を築こうとどんなに思っても、変えることはできなかった。かえでにはそれが安心でもあり、また寂しくもあった。
 が、かえでは、そんな内心はおくびにも出さない。
「とにかく、もうしばらくはギュア・ビアンカだけで戦う用意をしておかなければなりません」
「ひぃーん、やっぱりですかぁ?」
 さくらは、かえでの肩に手を置いたままとぼとぼと歩き出す。
 かえでは、戦いの場を後にして家路をたどりながら、指を立てて姉にきびきびと言い渡した。
「仕方ない事です。今までさんざん探しても、ギュア・ネラはおろかお付きの妖精だって見つからなかったんですから」

 ――見つかった。
 翌日の朝、さくら達の住む巨大ビル、南極ヒルズの玄関で、かえでは、目玉が飛び出しそうになるほど目を見開いて、自分の前に差し出されたものを凝視した。
 丸みを帯びたデザインの、携帯電話。表面は白やピンク、ブルーやブラックに塗り分けられ、輝きを放つ石がちりばめられている。端の方には、ペンギンの横顔のマークが控えめにあしらわれている。
「こ、これを、どこで?」
 しどろもどろになる舌を何とか動かして、かえでは相手に尋ねた。
「それがさあ、全くどうもこうもないぜ」
 携帯電話を手のひらに載せてかえでに見せていたのは、南極学園の制服を着た択捉鯨だった。快活さを感じさせるつぶらな瞳と、その上で負けじと主張するナチュラルな眉、そして後ろでまとめられた明るい色の髪がエビのしっぽのようになっているのが特徴的だった。彼女はここぞとばかりに自分の経験談を披露する。
「昨日部屋にいた時、何となく外を見たら流れ星が光ってさ。そしたら何か固いものがいきなりあたしの頭にブチ当たって」
「はぁ……」
 絵に描いたような遭遇エピソードに、かえでは少々当惑気味だった。
「それがこいつだったってわけ」
 鯨は手の上のものを持ち上げて強調した。
「こんなデザインの携帯、今時幼稚園生でも持ってねーって。それにあたしにぶつけようなんて後先考えない奴っていったら、ペンギンしかいないじゃん。あいつ、いる?」
 尋ねられてかえでは我に返った。
「え、ええ、さくらお姉様はまだ寝てます」
「またかよ! ったくしょうがねえなぁ、今日は生徒会もあるのに」
 鯨は携帯電話をかえでの胸の前に差し出した。
「あたし、先に生徒会室に行ってるから、あいつ叩き起こしといて。それとこれも渡しといてくれるかな?」
「お預かりします」
 かえではそっと手を出して相手から物を受け取った。
「じゃあな。かえでちゃんも小学校遅れないように!」
 鯨はきびすを返してたちまち走り去った。
「ごきげんよう、択捉お姉様」
 彼女の背中に、かえでは声をかける。
 鯨の姿が見えなくなった後、かえでは手のひらに残ったものに視線を落とした。次いで自分のポシェットを探り、取り出したものと並べて見てみる。
「択捉お姉様が……? 信じられません」
 かえでの両手には、ほとんど同じデザインで色違いの携帯電話が二台、収まっていた。
 これは、かえでこと妖精メィプルを保護するためのカプセルであり、またさくらがギュア・ビアンカに変身するための媒体でもあるのだ。それと同じものが鯨の前に現れたという事は……。でもなぜ今なのか、かえでにはそれがわからなかった。
「それにしても」
 顔を近づけてまじまじと見る。
「『幼稚園生でも持たないデザイン』ですか」
 思わずため息が出た。
「何となくわかってましたけど、改めて言われるとちょっとヘコみます」
 かえでは気持ちを切り換えるように顔を上げ、二台の携帯電話を自分のポシェットにしまって歩き出した。

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あとがき 感想をお寄せください


この物語はフィクションであり、登場する人物、団体等は実在のものとは関係ありません。
(C) 高橋てつや(秋田書店) / 南極財閥
2010.8.21 Written by ギンガム from 百合佳話 [ゆり/かわ]